高齢者がどんどん元気になる開かれたコミュニティの作り方 ーー小規模多機能型居宅介護を運営する菅原健介さん<U school vol.4前編>


三井不動産レジデンシャルのCSV活動の一環としてスタートした「U26」プロジェクト。26歳以下の世代がマンションにおいて、将来の日本の社会課題を解決するソリューションとなるコミュニティをつくりだしていくことを目的に活動しています。

U school vol.4は、「多世代コミュニティを考える」をテーマに、小規模多機能型居宅介護を運営する「ぐるんとびー駒寄」代表の菅原健介さんと、子育てに関するさまざまな事業を展開する「合同会社こどもみらい探求社」共同代表の小笠原舞さんにご講演いただきました。

今回のレポートでは、小規模多機能型居宅介護の仕組みとメリット、その思想や目指すところについて、菅原さんに伺ったお話をご紹介します。

今回のゲスト、菅原健介さん

小規模多機能ホームとは

菅原さん:僕たちが実践している「小規模多機能型居宅介護」は、デイサービスのような『通い』と「訪問」するサービス、場合によっては「宿泊」のサービスを組み合わせて提供する在宅介護のシステムです。

「これからの時代、介護のためだけの施設はお金もかかる。地域に暮らしながらサービスを受けられるシステムに変えましょう」という発想から、小規模多機能型居宅介護は生まれました。

何かあった際に電話をしてもらえれば、僕達スタッフが24時間365日いつでも駆けつけます。家で食事できない場合は食べに来てもらって、入浴もできる。スタッフみんなとスーパー銭湯に行ったりしています(笑)。地域全体が施設という捉え方で生活をサポートできます。

マンション内に構える事務所について説明する菅原さん

マンション内に構える事務所について説明する菅原さん

僕らの小規模多機能型居宅介護は、藤沢市の真ん中に位置する湘南大庭に建っている団地の一室でやっています。僕らの部屋を含む団地全体がひとつのコミュニティというカタチを目指し、僕自身も事業所の下の階に家族と移住。自治会の役員にもなっています(開所して1年なので、これからが本当の勝負です)。

スタッフは看護師や作業療法士、理学療法士もいますが、中でも地域のお母さんたちがとても心強い存在。子育てを経験しているお母さんは、認知症ケアにおいて最も適任なんです。相手のペースに合わせながら、一緒に生活することに慣れています。

お年寄りの介護が子どもの日常生活のなかに

お年寄りの介護が子どもの日常生活のなかにある

デンマークの共助文化を取り入れたシステムづくり

菅原さん:僕は子ども時代をデンマークで過ごしました。この経験は「ぐるんとびー」の活動のあり方に大きく影響しています。

「ぐるんとびー」という名は、デンマークの著名な教育者NFS・グルントヴィに由来しています。彼は、デンマークの教育界において大きな功績を残した人物です。かつてデンマークは、勉強ができる者、宗教でいえば教義を守れる者こそが「良い大人」という教育観でした。

「ぐるんとびー駒寄」の名前の由来を説明する菅原さん

「ぐるんとびー駒寄」の名前の由来を説明する菅原さん

そこを彼は、「良い人生のために学び、良い人生のために宗教を重んじる」という方向に教育を転換させていきました。宗教のあり方に関しては、歌を通じて人間関係を深める、という位置づけに変えました。勉強に関しては試験や暗記教育は廃止して、ディスカッションを導入するなど、自分たちで考えることを重んじる教育を実践し、国全体に浸透させていきました。

デンマークでは日本と教育観がかなり違っています。例えば、デンマークでは、子どもが生まれて役所に届け出ると、子どもは「国の宝」とみなされて、親に預けられる、という認識なんです。「あなたの子どもも、隣人の子どもも同じくデンマークの宝なので、地域みんなで育ててください」という価値観なのです。

デンマークの保育園が、冬でも外で子どもを寝かせている光景を見たことがありますか。現地の知人は、「マイナス25度くらいが気持ちいいよ」と言っています(笑)。四季の変化を体で感じることによって 感受性も育っていくし、免疫力も育っていく、という考えなんだそうです。今の日本の保育園がデンマークにあったら虐待保育園って言われるかもしれない。

デンマークにおける高齢者ケアでも同じで、本人の自主性をすごい大事にします。胃に管あけて本人が食べたくないのに直接栄養をいれられちゃうとか、食事介助とか、本人が食べたくないのに「はい、お口あけてください、あーん」ってやることは、デンマークでは虐待とみなされ、捕まります。なので、食事介助が必要になっても本人が介助を望まなければ亡くなります。それが寿命です。

デンマークの教育や高齢者ケアのあり方を、日本の既存の枠組みのなかでやっていくのはなかなか難しいですが、団地なら実践可能なのではと考え、高齢者介護というツールを使って挑戦しています。

菅原さんのお話を真剣な様子で聞くメンバーたち

菅原さんのお話に聞き入るU26メンバーたち

コミュニティの活性化は、高齢者の元気に繋がる

菅原さん:介護保険がない時代は、地域の支えあいの上にそれぞれの暮らしが成り立っていました。僕らは、まさにその状態に立ち返ろうとしています。

例えば、14回、薬を飲む事が必要なおじいちゃんがいます。認知症があり、自分で飲む事を忘れてしまう。そうすると従来の介護サービスでは14回訪問します。

そうではなく、僕らがやるべきなのは、薬の飲み忘れがあるなら地域に住む友達に声かけし、みんなが集まって焼き肉をする機会をつくり、地域や友達同士の『つながり』を取り戻す手伝いをすること。

そうすると、その中で自主的に様子を確認しにいく参加者がでてきて、僕らが介護保険の範囲で行くのは1回で済むようになるんです。

だからこそ、ひとりひとりに合わせたケアを提供する『時間』が作れる様になります。僕たちは社会保障としてこれをやっているので、『つなぎっぱなし』にならないように、つないだ先の方々とたびたびコミュニケーションを取りながらその頻度を調整しています。

例えば医者がコミュニティのなかにいれば、みんなで集まって食事やお茶をしている場で、簡単な問診のようなことはできる。彼がちょっとしたアドバイスや、診察の必要性について高齢者のみなさんと話してくれることが、医療費の削減になります。こうした繋がりによる必要経費の削減が、あらゆるところで起こっています。

高齢者のみなさんを見ていると、元気になっていくんです(笑)。90歳代の方が「プールで泳ごうかしら」という調子で。地域のコミュニティに属していると、みなさんどんどん元気になっていくという不思議な現象が起きているんですよね。要介護度が5から4になる方、5から3、2、1と変わっていく方もいます。要介護度が改善されると、介護保険料も削減できるんで、うちを10箇所つくれば、一億円介護保険料が削減できる。

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「ぐるんとびー駒寄」では保険料を削減した分 、予算を子どものほうに回してくださいと自治体にかけあっています。

高齢者が介護を通じて元気になれば、子どもや孫世代のためのお金が生まれる。元気になりながら、子どもたちも育てていこうと動くことによって、高齢者が社会資源にもなる。そう考えて暮らしていると、みなさんどんどん元気になっていくんですね。

国がやるべきことは、高齢者や子どもなどそれぞれにお金を単体で落とすんじゃなくて、このマッチング機能のところにお金をつけていくっていうことなんだと考えています。それを、小規模多機能型居宅介護のシステムを利用し実行していけていているわけです。

高齢者介護と子育ての好循環

菅原さん:小規模多機能ホームには、高齢者介護を通じ、団地のみんなで子どもを育ててゆく、という目的もあります。「ぐるんとびー駒寄」は、一般的に言う小規模多機能の介護施設ではありますが、団地の子どもたちが集まってきます。重度の認知症の方々と会話を楽しんだり、みんなで絵を描いたりしています。

僕らが住む団地は高齢化率80%で、子どもが非常に少ないんです。日常のなかで、子どもたちが僕らと一緒になってお年寄りの暮らしを手伝っていけると、学びにもなりますし、高齢者が亡くなっていくのを子どもたちが目の当たりにする経験は、お年寄りが次の世代に残せる教育のひとつでもあると考えています。

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先ほどお話したように、お年寄りのみなさんから子どもは学びを得て、子どもと触れ合うことでお年寄りのみなさんが元気になっていくという素晴らしいサイクルが生まれているわけです。

お茶を楽しむ同じマンション内に住むお年寄りと子ども

お茶を楽しむ同じマンション内に住むお年寄りと子ども

集まる子どもたちの中で自治会のような動きも始まりそうです。自分たちが住む団地に必要なことを考えて実行していくという活動です。コミュニティカフェや子ども食堂を、子ども会が運営して地域に出していって、そこでお金を稼ぎ、彼らが楽しく暮らしていける環境を考えてつくりあげていく。そういう彼らの背中を、どんどん押していってあげたいなと思っています。

そうした子育てとお年寄りのケアの両立を団地のビジョンとして掲げて日々チャレンジを続けています。僕たちがモデルとして「こうすれば楽しく支え合うコミュニティを作れるんだ」というのを体現できれば、ほかの地域の参考にしていただけたり、僕たちのような地域のあり方が増えれば、元気なお年寄りがどんどん増えて日本が変わっていくんじゃないかと考えています。

子ども

自主的に発足した子ども会の様子

質疑応答

Q:女性と男性とで地域への入り方に違いがあると著書で拝見しました。その点について、詳しく教えてください。

菅原さん:女性はコミュニティでわいわいと過ごすなかで承認されてることに幸せを感じることが多いようです。「自分が承認されている」と感じられる仕組みがあると 良いのではないでしょうか。一方で、男性は、コミュニティのなかに役割もなく義務感で入っていくのに嫌悪感を感じることが多いようで、自分がやりたいことをできる環境にいられると快いようです。まぁ、人にもよりますが(笑)。

特に高齢の男性に外へ出てきてもらうのは難しいですが、好きなことは楽しくやっている様子です。ラーメンを食べにいったりとか、麻雀をしたりとか(笑)。僕だったら毎日のようにデイサービスに行くなんて絶対に嫌なので、今のような楽しい形を作り続けていけたらと思います。

メンバーの質問に答える菅原さん

メンバーの質問に答える菅原さん

多世代居住者の共生の未来を描いて

菅原さんのお話を聞き、参加メンバーのあいだでは、デンマークの思想を取り入れた斬新な体制づくり、そして「ぐるんとびー駒寄」がつくりあげている地域の雰囲気に驚きと共感の声が飛び交っていました。また、実際に団地で生まれ育ち、介護の現場に直面しているというメンバーからは、菅原さんの取り組みに励まされたというコメントも。

多世代の住人が共生するあり方の事例を学んだU26は、これをマンションにおける企画にどういかしていくのでしょうか。次回では、子育てに関するさまざまな事業を展開する小笠原舞さんにお話いただいた内容をレポートします。

講演後、メンバーたちと議論を交わす菅原さん

講演後、メンバーたちと議論を交わす菅原さん