本を通じた場づくり「まちライブラリー」から学ぶ街の中での本の役割ーー礒井純充さん<U school vol.5>


三井不動産レジデンシャルのCSV活動の一環としてスタートした「U26」プロジェクト。26歳以下の世代がマンションにおいて、将来の日本の社会課題を解決するソリューションとなるコミュニティをつくりだしていくことを目的に活動しています。

ゲストをお招きしてコミュニティづくりについて学ぶ「U-School」、第5回は「まちライブラリー」の提唱者である礒井純充さんをお招きし、本を通じたコミュニティづくりについてお話を伺いました。

「まちライブラリー」は、公共の図書館がない場所でも本を楽しめるように、飲食店をはじめさまざまな場所に開設される私設図書館。感想カードを添えた本を持ち寄って交換し、本を通じた出会いや交流を生み出しています。

大手デベロッパーの最前線で経験を積み、現在は地域や小さな場所に根ざした活動を全国的に広げている礒井さん。本を通じて、各所にどんな関係性を生み出しているのでしょうか。

今回のゲスト、礒井純充さん

今回のゲスト、礒井純充さん

大企業の生涯教育事業を手がけて

礒井さん:私はいま森記念財団に所属しながら、大阪府立大学の客員研究員を務めています以前は、森ビルで、長い間、人材を育成する社会人開発事業に携わってきました。「まちライブラリー」は、会社で仕事する中で個人的なボランティア活動のように始まった活動です。

まちライブラリー誕生の背景を話す磯井さん

まちライブラリー誕生の背景を話す磯井さん

1987年、アークヒルズのなかに小さな私塾「実験的アーク塾」ができました。森ビルの創業者はもともと大学で教鞭をとっていたで、彼は私塾を作って、生涯教育事業を始めたんです。それが、1987年、アークヒルズのなかに小さな私塾「実験的アーク塾」。私はその事務局で働いていました。

私塾では、簡易テレビ中継パソリンクも行われ、ビジネススクールなどのサテライトキャンパスのような機能を備えていました2003年に開業した六本木ヒルズ森タワーに入っている「六本木アカデミーヒルズ」も私たち事務局の仕事です。「六本木アカデミーヒルズ」は図書室を兼ねたカンファレンスルーム。最初、20坪ほどの小さな私塾を作っていた事務局は、約15年で3000坪もの大きな文化施設を手がけるほどに成長しました。

順調に活動してきていたあるとき、重要なことを見落としてしまっていたことに気づきます。「アーク都市塾」ができた当初は、会員同士、会員と事務局とがコミュニケーションを取り合うような間柄でした。

六本木に行って事業の規模が大きくなり、インターネットでの会員登録やICカード入館がはじまると、声を掛け合うような人間関係がなくなってしまった。空間から「顔の見える関係性」が欠落してしまったのです。大きなシステムのなかで心ある仕事をすることの難しさを感じました。

一人の青年との出会い

礒井さん:顔の見える関係性がなくなってしまっていることに悶々と過ごしているうちに、「まちライブラリー」を始めるきっかけを与えてくれる若者に出会います。現在、一般社団法人つむぎや代表をしている友廣裕一さんです。

_3_dsc08839

彼は会社を辞めた後、富山を皮切りに沖縄から北海道まで全国の小さな集落を歩いて回っていました。六本木のアカデミーヒルズのイベントで、その旅の話をしてくれたのです。

出会う人に勧められるがままあっちへ行ったりこっちへ行ったり。どの土地でも仕事を手伝うとかならず誰かが家に泊めてくれて、三度の食事まで提供してもらえる。最高に豊かな旅をした」そう友廣さんは発表で語りました。

友廣さんのちょっとした行いで相手が喜んでくれる。彼は、目の前にいる人のためだけに過ごす日が続き、気づいたら半年が経っていた。特に目標を掲げずに出た彼の旅は、いつのまにか行く先々での「目の前の人のために行動すること」が目的になっていたんですね。私は、目の前の人のために行動することがとても素晴らしいと感じ、同時に、自分のそれまでの生き方との違いにショックを受けました。

当時、彼は26歳、私は52歳。当時の彼には何の社会的肩書きもなく、お金もないのに、出会う人はどんどん彼に助けられ、また、彼を助けていた。一方、私は30年以上サラリーマンをしてきて、それなりの立場になっていましたが、彼のようにまわりに人が寄ってこない。当時、私のもとへと人が集まってくるのは、私の社会的立場があってこそなのだと思い知らされました。

旅の話を聞いて、私は目の前の人との関係性を重視した場づくりをしたいと考えるようになります。彼と、彼のゼミの教授だった真一先生のもとでは、この後いろいろと勉強させていただきました。

友廣さんと友成さん。2人の出会いを通じて生まれた活動が「まちライブラリー」です。

ミクロの視点を大切に

礒井さん:まちライブラリーは、利用者から寄託された本を集め私設図書館です。まちライブラリーでは、寄贈された本に「感想カード」という用紙を付け、寄贈者と後に続く読者が感想をシェアできるようにしている点が大きな特徴です。

_4_dsc08846 _5_dsc08851

読む本には人柄が表れ、感想には感性が表れます。人々は「感想の共有」を通じて、読んだ人同士で感性まで共有するわけです。感想を共有することを通じて、より深く人とつながります。

まちライブラリーは、私設図書館でもありながら、本の紹介を通じて生まれるコミュニティでもあります。まちライブラリーを訪れる人々が、互いに学び合う関係性を築いていくことを目指しています。各々の感性が伝わる場になるように、可能な限りお互いの顔が見える規模を保っています。

最初、まちライブラリーは西麻布のco-labという場所で実施したワークショップで提案しましたの場での反響が良かったので、こうした場を各地も作りたいと思い、自分の故郷である大阪の空きビルで始めてみました。初めは全く人がなくて難しさもありましたが、「本とバル」というイベントを開催することで人が集まるきっかけを作りました。

イベントを重ねることで人が足を運ぶようになり、小さなスペースでありながら、今では5000冊以上もの本が集まるまでになりました。

_6_dsc08854まちライブラリーをやってみたいという人が少しずつ現れ、運営の方法をお伝えしているうちに、全国約340箇所もの場所に広がりました。飲食店や学校、病院をはじめ、寺や風呂屋、廃校のスペースなどあらゆる場所に開設されています。

_7_dsc08966

まちライブラリーをはじめマイクロ・ライブラリー(小さな図書館)にもいくつかのタイプが生まれており、私は次の5つに分類しています。

①図書館機能優先型
②テーマ目的志向型
③場の活用形
④公共図書館連携型
⑤コミュニティ形成型

まちライブラリーはどちらかというと⑤のタイプ始める人が多いですが、徐々に他のタイプにも分かれてきます。

まちのなかでの本の役割

礒井さん:最近は、複数のまちライブラリーによる合同イベントも盛んです。小規模のライブラリー同士が手を組んで、合同でトークショーや交流の場を催しています。また関西地区で、まちライブラリーだけではなく、公共図書館、本屋、民間のライブラリーが垣根を越えた「まちライブラリーBOOK FESTA」と広域な地域で協力するイベントもしています。

各地のまちライブラリーが5名から10名程度の小規模なイベントを開催するので、自分が主催側と参加側の両方を経験できるのです。小規模ゆえに参加者と主催者が別れてしまうのではなく、垣根をなくすことで、あまりコストもかかりませんし、互いの良さを知り合うことができます。このあたりもまちライブラリーのイベントの面白い点です。

「まちライブラリーBOOK FESTA」全体で、イベントは今年309。参加動員数は、今年1万9000人を越えました。ここまで規模が拡大してくると、いよいよ本の持つ社会における役割について考えるようになります。

_9_dsc08990

まちライブラリーで築かれる本と人の関係は、一見、個と個の繋がりのように見えます。実は、まちライブラリーで築かれる関係性は、ライブラリーの外でのパブリックな場面でも大切な役割を担うのではないかと考えています

パブリックなつながりを学術的には「社会関係資本」「ソーシャルキャピタル」などと呼びます。経済的な利害関係に左右されない、信頼で繋がったゆるやかな関係性のことです。

まちライブラリーは参加者同士の呼びかけによって成り立っていて、小規模なコミュニティが全国に広がっています。全国的な組織として動いているわけではありませんが、私が提唱者としてゆるくみなさんと繋いで、お互いのやっていることを見える状態にしています。そこから新しい面白いことが次々と起こっています。

このような繋がりをつくり出していることは、社会的にとても価値あることだと感じています。各地に生まれているまちライブラリーは、その土地におけるソーシャルキャピタルを豊かにする役割を果たしていると考えています。

_10_dsc09077

さて、まちライブラリーは色々な意味で人が繋がっていく点が良いということで、運営のポイントを6つ挙げさせていただきます。

まず、やってみたいと思ったら半歩でも良いから前進すること。0.3歩でも前に進んでください。かけ算したら少しずつ先に進みますから。そして、仲間が集まったら、互いの背中を押して助け合う。次は重要な点ですが、やれることからはじめるということ。よく補助金や契約の準備が進んでから、などと考えているかたがいますが動かなければなにも始まりません。何でも良いから行動を起こしてください。

それから、多様な人を受け入れること。そのほうが集合ができて面白い活動になります。次に、活動を目標ではなく楽しみにすること。これはとても大切です。遊びながらやったほうが色々な人と繋がっていくことができます。そして、みんなで輪になって歩んでいってください。

まちライブラリー運営の6つのポイント
①半歩でも良いから前進する
②互いの背中を押して助け合う
③やれることからはじめる
④多様な人を受け入れる
⑤活動を目標ではなく楽しみにする
⑥みんなで輪になって歩んでいく

まちライブラリーをやってきて、「人の声を聞く」ことがどれだけ大事かがわかります。すべては、「人の声を聞く」ことを前提に成り立っていると言っても過言ではありません。この話を、U26のみなさんの活動に少しでも役立てていただけましたら幸いです。

磯井さんのお話に聞き入るメンバーたち

磯井さんのお話に聞き入るメンバーたち

質疑応答の時間

_11_dsc09186

U26メンバー島村浩太からの質問:まちライブラリーは小さなコミュニティを大切にしながら全国的に波及していて、その規模感にとても驚きました。個人間の繋がりを重ねて発展していったとのことですが、具体的にはどのように広がっていったのか、詳しく教えてください。

礒井さん:基本的には口コミです。実を言うと、広げていこうなんてことは考えていなかったんです。極論、自分の手回しで終わっても良いと思っていたくらいです。それが、やっているうちにどんどん大きくなっていった。

僕はまちライブラリーをやるにあたりポリシーを持っています。それは、「主催者が自ら手を上げて自分に連絡してくれば一緒にやる。それ以上のことはやらない」そして、「その主催者の想い共感しなければやらない」ということです。

成功事例の外側のシステムだけ真似ていたら絶対にどこかで折れてしまう。これは僕の長年のビジネス経験で学んだことです。ものすごい組織力と資本力を持ってすれば形の上ではできるかもしれませんが、そんなやり方でできるものの価値はたかが知れています。

個人の思いの共感と連帯を基礎にした活動なんです。そんなやりかたでどこまでできるか。これは私の壮大な実験なんです。

_12_dsc09226


コミュニティを生み出す活動において、外側のシステムだけではなく、主催者の思いや参加者ひとりひとりの声を尊重することが最も重要な点であると教えてくださった礒井さん。U26のマンションにおけるコミュニティカフェの企画を考えるにあたり、とても大切なヒントを与えてくださいました。

今回の学びは、マンションにおける企画へどのように生かされていくのでしょうか。引き続き、U26の活動に乞うご期待ください。