ヴェネチア・ビエンナーレで評価された「縁(えん)」を紡ぐ日本の建築とはーー猪熊純さん、仲俊治さん<U school vol.7>


三井不動産レジデンシャルのCSV活動の一環としてスタートした「U26」プロジェクト。26歳以下の世代がマンションにおいて、将来の日本の社会課題を解決するソリューションとなるコミュニティをつくりだしていくことを目的に活動しています。

第7回目は、「縁を紡ぐ住まいと飲食店」をテーマに、成瀬・猪熊建築設計事務所共同主宰の猪熊純さんと、仲建築設計スタジオ代表の仲俊治さんにご講演いただきました。

今回のレポートでは、おふたりが出展された「第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」のお話をご紹介します。

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今回のゲスト、仲俊治さん(左)と猪熊純さん(右)

審査員特別賞を受賞した日本

猪熊さん:今回のヴェネツィア・ビエンナーレで総合ディレクターを務めたのは、アルハンドラ・アラヴェナという建築家です。彼は今年、建築界のノーベル賞と呼ばれる「プリツカー賞」を受賞しました。家がない人のための家を、企業から協賛を募って作るといったソーシャルな活動で評価を得た人です。

アラヴェナが提示したヴェネツィア・ビエンナーレのテーマは「REPORTING FROM THE FRONT」。「それぞれの国で最前線の課題を提示しなさい」というものでした。展示では、それぞれの国が持つ課題と、課題に対して建築家がどう取り組んでいるかを示すことが求められました。

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ヴェネチアビエンナーレ建築展2016のメインビジュアル

日本は「en [縁]: アート・オブ・ネクサス」というテーマで展示をおこないました。「縁」という言葉は、英語の「コミュニティ」とも異なる独自の概念です。我々は古くから使われてきた「縁」を再解釈して、海外に「縁」という枠組みを提示しました。

日本は、審査員特別賞を受賞しました。今年の展示は、各国とも問題提起をしているものの、解決に至っていないものが多かったんです。そのなかで日本は、小さいけれども解決の糸口を提示できました。そこが評価され、日本が受賞したのだと考えています。

ハード・ソフトの両面を考えたオーストラリア

仲さん:各国を見た印象としては、猪熊さんと同じですね。シリアスな状況を美しく展示することにとどまり、次にどうするかを提示できていない国が多いと感じました。

そのなかでも、僕がいいなと思ったのがオーストリア。オーストリアは「Places for People」という難民に課題を置いた展示を行っていました。

キュレーターによると、オーストラリア人の半数は難民の受け入れに反対しているそうです。この状況に対し建築家が、建築(ハード)だけでなく、運用(ソフト)も含めた提案をおこない、実現に向けて動いている中間報告が今回展示されていました。

オーストリアでは、難民がオーストリア人の仕事を奪わないように、難民が稼げるお金に上限を設ける法律をつくりました。この法律に対し、オーストラリアのチームは、お金ではなく特技を交換する仕組みを作ろうとしていました。

例えば、元シェフだった難民にオーストリア人が料理を教えてもらうとしましょう。教えてもらった人が散髪屋さんであれば、料理を教えてもらう代わりに散髪してあげる。それぞれが持つ職能や特技を交換しあい、お金を介さない生活をしていくというものです。これは日本語では「なりわい」と呼ばれるもので、どう生きていくかに着目した興味深い提案でした。

シェアハウスならではの建築「LT城西」

猪熊さん:今回、成瀬・猪熊設計建築事務所が展示したのは「LT城西」という新築のシェアハウスです。シェアハウスで新築は珍しく、新築の特性を活かし構成的にシェアハウスならではの建築を考えました。

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LT城西の内観 Photo by http://lt-josai.com/

ダイアグラムでは、黄色がコミュニティスペース、白がプライベートスペースを表しており、LT城西は両者を複雑に絡み合わせています。通路に共用部を含むことで、ほとんどの共用部が何かしらの居場所として使われ、単なる通路にならないことが特長です。

2階には、動線から外れた吹きだまりをつくることで、落ち着ける場所を用意しています。個室は完全に独立させ、自分の好きなモノをおいて自分らしく暮らす場所にしました。一般的なシェアハウスと比べ、全体に対する個室の広さの割合は平均的なのですが、共用部が有効活用されることで経済合理性が高い設計になりました。

会場には、居住者が「ここに住む理由」を答えたアンケートも展示しました。「人と会えるから」「楽しいから」「人脈に繋がるから」といったポジティブな意見が多く、アンケートを見たヨーロッパの人たちは、ソーシャルハウジングのような、しょうがないから一緒に住む「貧困ビジネスふ」ではないことに興味を持ってくれました。

歴史的にみると、海外は昔からルームシェアやソーシャルハウジングなどがあったのに対し、日本はコミュニティや住み方といった分野では後進国でした。しかし、現在は独自の路線で進化してきている。いずれは外にむけて価値提供できるような状況になってくるのではないかと感じました。

住むと働くを一緒に考えた「食堂付きアパート」

仲さん:僕は「食堂付きアパート」という3つの用途が混在するアパートを展示しました。SOHOの機能を持ったアパートと、シェアオフィス、路面に面した食堂という3つの用途があり、「住む」と「働く」を一緒に考えた建築です。

アパート部分は、寝室やお風呂などの水回りがあるプライベートな部屋と、スタジオと呼ばれる仕事場の組み合わせ。スタジオは外部とも部屋ともつながる中間的な場所に配置しています。アパート部分は部屋と仕事場のユニットが5つ集まってできています。

普通のワンルームアパートでは、鉄の扉があり、手前側にトイレや台所があり、奥にリビングとベランダがあるのが一般的です。対してこのプランでは、ベランダやリビングのような開放的な場所を手前にもってきて、水回りを奥に配置し、外に対してつながりやすいように計画しています。

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食堂付きアパートの内観 Photo by Naka architectural design studio

食堂は外にも開いていますが、奥にアパート側の入り口もあり、両方から出入りすることができます。予約しておけば、朝に奥から入ってきて食事を受け取り、そのままアパートに戻ることもできます。外にも内にも開いた食堂があることで、街とプライベートの場所をゆるやかにつないでいるのです。

質疑応答

お二人の話を伺った後に、U26メンバーから様々な質問が飛び出しました。

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お二人に質問するU26メンバー

Q:新しいものを世に出すときは、経済合理性の判断が非常に難しいと思いますが、家賃などはどのように決められたのでしょうか。

猪熊さん:最終的に、家賃を決めるのは社会だと考えています。直接決めるのはオーナーさんや、運営側ですが、設定した金額で人が入らなければ、埋まるまで下げ続けます。一般的なワンルームマンションも同様で、新築からどんどん価格が下がる。どちらも最終的には社会が金額を決めているのです。

経済合理性の観点で言うと、新しいものの方が差別化されるので、正当な評価を受けやすいはずです。ただ、失敗したら怖いと思ってやらない人もいます。個人的にはライバルが少ないのでうまくいくことのほうが多いと思いますけどね。

仲さん:「食堂付きアパート」の場合、設計段階で家賃を決めました。銀行から融資を貰う場合、返済期間があるので建築の総額が決まってくるからです。今回は周辺の相場とほぼ同じ賃料に設定しました。

「食堂付きアパート」は共用部や廊下の面積が通常のアパートに比べて広いわけではありません。普通は家の一番奥にあるベランダを玄関前にもってきているおかげで廊下が広く見えるだけなんです。空間の順番や、仕切り方を組み替えているだけで、建設費も普通のアパートと変わりません。世に出す上では特別なリスクは負ってないんです。

Q:「LT城西」「食堂付きアパート」に住もうと思った方は、情報にどのようにアクセスしたのでしょうか。情報への動線など、住むにいたるまでの経緯を教えて下さい。

猪熊さん:一番はじめは、「ひつじ不動産」というシェアハウスだけを扱うサイトが全体の2割で、残りは運営してくれている人のブログからです。建設が決まった頃からブログを書き続けて、建設中の写真や、模型などを使い盛り上げてくれました。ブログのおかげで、募集した瞬間に入りたい人が結構いたんです。

ただ、今一番多いのは入居者の友人といった人のつながりです。LT城西に住みたいと思う人は、この家を使って何かやろうと積極的に考える人が多いんです。例えば、クリスマスにアーティストを呼んでパーティを行い、入居者の友人など100人近くが集まったと聞いています。パーティに来た友人は、「次空いたら住みたい」と話すそうです。

仲さん:「食堂付きアパート」はFacebookで告知を行いました。工事中に2回現場見学会兼住人募集のイベントをやり、一回目で部屋数の5倍の応募を頂きました。これだけ多くの応募を集められた一番の理由は、無印良品のサイトに計画段階の「食堂付きアパート」を紹介するコラムが掲載されたからです。Facebookも一気に拡散されました。

募集する際、施主は絶対に街の不動産屋さんに出さないと決めていました。一般的な不動産情報に載ると、値段と広さと駅までの距離だけで決める人がほとんどなので、中身が気に入って来る人が確実に減るからです。コミュニティは最初が肝心なので、ちゃんと中身を理解して住んでもらうために、現場見学会を行いました。

「食堂付きアパート」は創業支援のアパートみたいなものなので、仕事場と家が一緒でそこから事業をはじめる人が結構います。なので、会社や事業が大きくなるとより大きいところに引っ越していく新陳代謝が起こります。

部屋が空くとFacebookや施主のホームページで募集するのですが、食堂があるので、どうやったら応募できるか直接問い合わせに来る人もいます。いつも人がいる場所があると、借り手を探す意味でもメリットがあるのは後から気づきましたね。

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ゲストの二人との集合写真

ヴェネチア・ビエンナーレの展示作品を通し、人同士の縁、街との縁をどう紡ぐかお話してくださった猪熊純さん、仲俊治さん。

マンション住人のコミュニティや、マンションと街の関係性など、コミュニティカフェのありを考える新たな視点もご教授いただきました。

今回の学びは、コミュニティカフェにどう反映されていくのでしょうか。今後の展開にも乞うご期待ください。